モダンスイマーズ『死ンデ、イル。』稽古場レポート 18.7.16
演劇学科企画制作コース4年 横見咲季

 稽古最終日。あっと言う間だ。衣裳付きの通しが行われていたが、申し訳ないことに私は最後の40分程度しか拝見できなかった。いつもBキャストばかりを拝見していたが、最後はAキャストバージョンを観ることができた。ヒロインの失踪事件を追う記者・古賀と、自由人な叔父・セイタが2人の役者の入れ替わりで演じられている。出演シーンの多い古賀と比較的少ないセイタの【バランス合わせ】の為の策なのか、他の意図があってこそなのか。定かではないが、やはり役者が変わると雰囲気も変わる。役は変わらないのに、役者が変わると全く違った印象がある。分かっていたけど面白い。それが周りの登場人物たちにも影響を与えてしまうから更に面白い。両方観られてよかった。これから観る方、ぜひどっちも観て欲しい。

 計4回稽古場にお邪魔させていただいたが、稽古場の物理的な質の高さはとても重要だと感じた。お邪魔させていただいた稽古場は駅直結でアクセスも良く、実寸が取れる広さがある。小道具や機材を稽古が終わる度に持ち帰る必要もなく、バミリをバラす必要もない。稽古場へのストレスが無い/少ないのは本当に大切だ。しかし、立地の良い稽古場を借りるのにはお金が掛かる。長時間の利用はお金が掛かる。本番まで実寸が取れず、劇場入りしてから距離感を掴む、学生劇団の悲しい現状を思い出した。

 この日は稽古最終日だったため、Aキャストの通しが終わると10分程度の休憩。10分程度の駄目出し。スタッフさんによるタイムスケジュールの説明と事務連絡。そして稽古は終わった。早い。終わると同時に、猛スピードで稽古場のバラシ。気付けば舞台を表していたバミリはもう全てない。とてもあっさり。淡々と。淡々と。約1ヶ月間の稽古の想い出を振り返ることも、稽古場に居続けることもない。あまりに早く稽古場がバラされていくので、私たちも大人しく退散することにした。たった4回しか来ていない私が「もうここに来ることはないのか…」とちょいとしんみりしてしまったのに、ずっと稽古をしていらっしゃった皆様にそんな素振りは全くない。これが「プロ」なのか?(私こればかり言っている気がする…)一々振り返っている暇などないのかもしれない。稽古場とは「作る」場所であり「試す」場所であり「本番への準備」の場所なのだ。あくまで稽古。全ては本番のため。
 十数回の本番のため、1ヶ月間の稽古を行う。その1ヶ月に意味だとか、やりがいだとか、挫折からの復活とか、そういうドラマを無意識に見出してしまいがちだ(少なくとも私は)。しかし、今回モダンスイマーズさんの稽古場を覗いて分かったのが、稽古はただの稽古なのだということだ。それ以上でもそれ以下でもない。全ては本番のための練習で、そこにドラマを見出さないからこそ、淡々と稽古場を去ることが出来るのだ。なんとカッコイイのだろう! 私もそんな演劇人になりたい!

 本番が始まる(掲載していただく頃には始まっているかもしれない)。稽古場から出て「東京芸術劇場 シアターイースト」で観る『死ンデ、イル。』は一体どうなっているだろう。心から、ワクワクしている。