モダンスイマーズ『死ンデ、イル。』稽古場レポート 18.7.8
演劇学科演技コース4年 新田周子

稽古場潜入2日目。この日はキャスト兼モダンスイマーズ主宰の西條さん(その場にいた方々からは「座長」と呼ばれていた)のお誕生日。ロウソクが立てられたタルトを囲んで歌を歌い、皆でお祝い。フルーツがたくさんのったそれはなんとスタッフさんの手作りで、私もご厚意で頂いてしまったが本当に美味しかった。キャストの古山さんが「お店に出せるよ」と仰っていたがまさにその通りだと思った。
その後、終盤のシーン稽古がAキャストを中心につけられた。古賀幸宏という名のルポライターが、取材対象の5人に責められるというシーンだ。再演ということもあり、初演時のミザン(#1)を時折思い出しながらの進行だったが、演出の蓬莱さんの「ここどうだったっけ」の問いかけに即座に答える皆さんの様子に感服した。役者への演出はミザンつけが中心で、それをどう汲み取って演じるかは各々に委ねられていた。休憩時の動きも様々で、入念にストレッチする方・雑談しながら稽古場をあたためる方・台詞を確認する方とそれぞれが干渉せずに、どちらかというと静かにボルテージを上げていた。台詞の確認方法も、台本を見ながら・何も見ずに座って・イヤホンをつけて・小道具を実際に用いてといろいろなタイプがあり、演技コースに所属する私にとって台詞の浸透のさせ方にはこんなに種類があるのかと勉強になった。
AキャストとBキャストで配役が違うのは1人(古山さん→A:ルポライターB:叔父、小椋さんA:叔父B:ルポライター)だが、演じる人が変わるだけで周りの台詞も違って聞こえた。古山さんが演じる古賀からは「痛み」を感じ、古賀(と彼が追う行方不明になった七海)に正義を感じるが、小椋さんが演じるシーンではどちらかというと周りの5人のバックグラウンドに思いを馳せ、責め立てている彼らに正義を感じた。どちらが正義でどちらが悪ということはないのだが、その微妙なグラデーションの違いで観客が受け取るメッセージも違ったものになるのではと思った。
全体を通して、「ムダがない稽古」が行われていた。役者ひとりひとりが稽古場全体に気を配り、小道具を渡す・電気をつける(消す)・バミリを貼る等気づいた者が率先して動き稽古がスムーズに進むようになっていた。役者の皆さんにとっては当たり前のことかもしれないけれど、普段接している学生演劇の現場や実習の稽古とは細かなところから差異があるのだと驚いた。

#1:ミザンセーヌ(mise en scène)。フランス語で「演出」を意味する。日本では俳優や舞台装置の配置という技術面を示すのに使われている。(ブリタニカ国際大百科事典より)